法教育について
広島司法書士会の社会事業の一環としての法教育活動の内、高等学校への講師派遣事業で、講師として、登録以後毎年参加させていただいております。法教育については、我々司法書士会のみならず、弁護士会の方々を始め、多くの団体個人が、切磋琢磨され、素晴らしい成果を上げていると推察しております。その中で、誠に恐縮ですが、テキストなどを作成させていただきました。参考にしていただければ幸いです。
法教育の前に
法教育以前に、「義務は果たさなければならないもの」という最も基本的で、且つ最も重要な考えが身についているのだろうかと疑問に思うことがあります。教育現場のみならず、我々社会人ですら義務に対して甘さがあるような気がします。「謝れば、」「ごねたら、」という考えがどこかにあるのでは、と思います。世の中がそうだから、子どもたちにも、義務は、許してもらえるものという考えがあるのではと危惧しております。
義務を逃れることができると考えれば、契約の重要性が霧散してしまいます。売買契約でも「いざとなったら払わなくて良い」と思っているのならば、安易に契約を乱発するでしょうし、契約が果たされなければ、社会が混乱します。
有効に成立した契約の義務は、果たさなければならない、と認識してこそ、契約を結ぶ重要性を認識できるし、だからこそ、制限行為能力者を保護する意味も分かってくるのではないでしょうか。また、安易に契約書にサインする怖さも、保証人になる覚悟も認識できるのではと考えます。
もとより、契約を結んだ以上、死を賭してでも契約を守れ、など言っているわけではなりません。未来のある学生さんには、契約をお互いが守ることで社会の秩序が保てていることを理解していただけたらと願っております。とりわけ、高校生の皆さんは、一人の立派な成人になる誇りとそれゆえの責任を身につけていただきたいと願っております。
契約(けいやく)
法教育における「契約」とは、 二人以上の当事者の意思表示が合致することによって成立する、特に法的な拘束力を持つ行為です。
売買(ばいばい)契約を例にとって説明します。
売買契約 民法555条
売買とは、当事者の一方(売主)が目的物(売物)の財産権を相手方(買主)に移転し、相手方がこれに対してその(財産の)代金を支払うことを内容とする契約である。
登場人物 山田さん おもちゃ屋の主人 (売主)
太郎君 小学校6年生 (買主)
花子さん 太郎君の妹 5歳
① 山田さんは、お店に金2000円の値札を付けゲーフォンを並べている。
② 太郎君が店にやってきて、ゲーフォンを手に持って、金2000円ならこれが欲しいと思った。
③ 太郎君が「これ下さい。」と言い、山田さんが「金2000円だよ。」と言いました。
④ 太郎君が、お金を支払い、山田さんがお金と引換えにゲーフォンを太郎君に手渡した。
簡単に言えば、山田さんは、ゲーフォンを金2000円出せば、譲るという意思を持ち、太郎君は、ゲーフォンを金2000円で譲って欲しいという意思を持っている。物を、金2000円で譲るという意思と金2000円で譲って欲しいという意思が合致(合意)したので、契約が成立した。
さらに、その契約は、山田さんが、ゲーフォン(の所有権)を買主に移転し、太郎君が代金2000円を支払う内容の契約だったから、民法555条の売買契約が成立している。
売買契約が成立すると山田さんは、ゲーフォンを太郎君に移転(譲る)義務(法的拘束力)が生じ、同じく、太郎君は、2000円を山田さんに支払う義務(法的拘束力)が生じます。(双務契約)
贈与契約 民法第549条
贈与は、当事者の一方(贈与者)が自己の財産を無償で相手方(受贈者)に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生ずる。
① 山田さんは、自宅にゲーフォンを並べている。
② 太郎君が山田さん宅にやってきて、ゲーフォンを手に持って、これが欲しいと思った。
③ 太郎君が「これ下さい。」と言い、山田さんが「いいよ」と言いました。
④ 山田さんが、ゲーフォンを太郎君に手渡した。
山田さんは、ゲーフォンを(太郎君に)ただで譲るという意思を持っており、太郎君は、ゲーフォンを(ただで)欲しいという意思を持っている。ゲーフォンをただで譲るという意思とただでもらうという意思が合致したので、契約が成立した。
さらに、その契約は、ゲーフォンを無償で譲るという内容の契約だったから、民法549条の贈与契約が成立したことになる。贈与者(あげる人)だけが義務を負う(片務契約)
贈与契約と売買契約の違いは、上記のとおり、無償(ただ)で譲るか譲らないかにあるといえます。
契約における意思能力と行為能力
契約を有効に行うには、(契約を行う)意思能力と行為能力が必要と言われています。
行為能力
行為能力とは、単独で、契約を(法的に)有効に行う能力のことです。
下記の例を取り、説明してみます。なお、登場人物は同様です。
① 山田さんは、お店に金20万円の値札を付けゲーフォンを並べている。
② 太郎君が店にやってきて、ゲーフォンを手に持って、金20万円ならこれが欲しいと思った。
③ 太郎君が「これ下さい。」と言い、山田さんが「金20万円だよ。」と言いました。
④ 太郎君が、お金を支払い、山田さんがお金と引換えにゲーフォンを太郎君に手渡した。
ゲーフォンが2000円から20万円になっています。ここで、ごく一部のセレブを除けば、小学校5年生の子が20万円もする物を一人で勝手に買って大丈夫なのかと心配なりますよね。本当に20万円の価値がゲーフォンにあるのかを太郎君に判断できるのか。そもそも大金でゲームを買って良いのか。心配になります。ここで民法第5条1項は、次のように述べています。
民法第5条
1.未成年者(現在は20未満)が法律行為をするには、その法定代理人(通常両親)の同意を得なければならない。ただし、単に権利を得、又は義務を免れる法律行為については、この限りでない。
契約をするには、(契約を行う)行為能力が必要です。なぜなら、多くの契約の場合には、法的拘束力が生じるからです。この例では、太郎君は、20万円を支払わなければならない義務を負います。ゲーフォンに、20万円…。未成年には、その契約の内容が本人にとって適切なのか、不利はないのか、十分に判断(吟味ぎんみ)する能力が足りないと考えられています。法的な保護が必要と考えられています。そのために、法定代理人(両親)に判断をしてもらい、許可を得て契約を行ってくださいねと言っています。そのため、贈与のような、もらうだけ(単に権利を得)の契約では、法定代理人の同意は不要です。
鋭い方は、ならば、未成年が契約できないなら、売り買い(契約)も無理じゃないのと思われるでしょう。子どもでも買っているよ、と。続けて民法第5条3項は、次のように述べています。
3.第1項の規定にかかわらず、法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は、その目的の範囲内において、未成年者が自由に処分することができる。目的を定めないで処分を許した財産を処分するときも、同様とする。
簡単に言えば、小遣いの範囲(目的を定めないで処分を許した財産)とか、親が買って良いといった物(法定代理人が目的を定めて処分を許した財産)は、同意は不要ですよということです。
では、子どもが勝手にした契約はどうなるのでしょうか。民法第5条2項は言います。
2.前項(1項)の規定に反する法律行為は、取り消すことができる。
子どもが勝手に行った契約は、取消すことができるということです。反対に解釈すれば、取消すまでは有効ということですね。ちなみに取消すことができるのは、法定代理人などです。
「ただし、……、この限りでない。」古典でよく出るフレーズですが、ようするに、、~、までの……は、適用しない(当てはめない)という意味です。
参考第9条
成年被後見人の法律行為は、取り消すことができる。ただし、日用品の購入その他日常生活に関する行為については、この限りでない。
意思能力
意思能力とは、自分の行為の結果を判断することができる精神的能力と言われています。例えば、先ほどの「売買」契約について言えば、物を買ったら代金を支払わなければならないということを理解し、支払う金があるのか、金を使ってもよいのか等判断できる能力ということです。凡そ10歳未満の幼児や重い精神障碍等がある人は意思能力がないといわれております。
意思能力が欠如している(ない)人が行った契約は、無効と考えられております。(大判明治38年5月11日)。
① 山田さんは、お店に金20万円の値札を付けゲーフォンを並べている。
② 花子さんが太郎君に連れられて店にやってきて、ゲーフォンをが欲しいと思った。
③ 花子さんが「これ下さい。」と言い、山田さんが「金20万円だよ。」と言いました。
流石(さすが)に5歳の花子さんが買主では、売買契約自体が成立しない(売買契約が無効)でしょうね。太郎君の場合には、取消すまでは有効だったことと比較してください。
コラム 「無効」と「取消し」について
「無効」は、契約自体が成立していないことを意味します。契約自体が存在しなかったということです。
「取消し」は、(一応)契約は成立したけど、取消しにより、遡及的に(その成立以前にさかのぼって)、契約がなくなってしまったという意味です。無効は、契約自体が存在していませんが、取消しの場合には、取消されるまでは(不安定とは言え)有効です。「無効」と「取消し」は、法律的な効果も異なりますので注意してください。