相続に関する予備知識
1 遺言
2 相続人及び法定相続分
3 遺留分
4 特別受益
5 寄与分
相続が生じる前に
1 遺 言
・死後、自分の希望通りに、自己の財産を相続させたい。
・相続財産で親族が揉めることを回避したい。
(1) 遺言とは
① 遺言とは
遺言は、「自分の死後のために、財産の処置などを言い残すこと。また、その言葉」という意味です。
一方、「民法上」の遺言は、死後の法律関係を定めるための最終意思の表示という意味です。
② 民法上の遺言
遺言は、死後に、遺言者の最終意思を実現させます。それゆえ、法律上の効力を遺言に付与するためには、民法に定める方式に厳格に従わなければなりません(民法960条)。また、法律関係といっても何でも許されるわけでなく、主に遺贈など財産的な行為、認知など身分的な行為など法定された行為のみしか行えません。
民法上の遺言では効力を有さないこと
・兄弟仲良く実家で暮らせ。
・愛犬のぽちに1億円贈与する。
・墓を無人島に作り、埋葬してくれ。
上記は、広義の遺言として、言いつけを守るのは自由であり、あくまで法律上強制されないということです。
(2) 遺言で行うことができる行為
便宜上、身分的な行為と財産的な行為に分け、主なものを下に記します。
① 身分的な行為
・子の認知
・未成年後見人及び未成年後見監督人の指定
・相続人の廃除及び廃除の取消
② 財産的な行為
・遺贈及び寄付行為
・相続分の指定又は指定の委託
・遺産分割方法の指定又は指定の委託
他
(3) 遺言の種類
遺言の種類は、普通方式と特別方式があります。
普通方式
① 自筆証書遺言 民法第968条
⒈ 自筆証書遺言
自筆証書遺言は、文字通り、自ら筆(ペン)をもって作成する遺言のことです。証人の立会い等も必要なく、いつでもどこでも書き残せるもっとも簡単に作成できる遺言です。ただし、全文(民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律により、財産目録は要件が緩和されました。⒋をご参考ください。)自分で書かなければならないなど、有効な遺言とするためには多くの要件があります。
また、相続開始後、家庭裁判所の検認が必要になります。(民法第1004条1項)
⒉ 自筆証書遺言の効力要件
民法第968条第1項には、「遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない」とあります。
要点は、遺言者が、全て書かなければならない点です。
例えば、手がしびれて書けないので、遺言者以外の者が補助して書けば無効になる可能性が高いと言えます。
他の注意点として
日付 西暦でも和暦でも構いませんが、年月日を書かなければならず、平成29年5月吉日と書いた場合は無効となる可能性が極めて高いです。
氏名 氏名は、本名でなくても、本人が特定できれば、通称でも雅号でも可能です。ただし、無駄な争いを生じさせないためにも本名が無難と思われます。
印 印は実印に限られません。簡単に購入できる認印よりも実印である方が望ましいと思われます。
筆記用具・紙 筆記用具・紙とともに特に法定はありません。鉛筆だから無効というわけではありませんが、遺言を実現させるため、長時間保存に適した筆記用具及び紙であることが望ましいと思われます。
⒊ 自筆証書遺言の訂正方法
民法第968条第3項に、「自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。」とあります。
ただし、実際には、様式に従わなければ、即無効というわけではなく、遺言に関してはそういう傾向が強いのですが、遺言者の意思をできるだけ尊重しようという方針であり、遺言者の意思が認められれば、効力が認められる傾向が強いです。しかしながら、ミスなどがあった場合には、可能な限り書き直した方が無難と思われます。
⒋ 自筆証書遺言の方式緩和 施行日 2019年1月13日
全文の自書を要求している現行の自筆証書遺言の方式を緩和し,自筆証書遺言に添付する財産目録については自書でなくてもよいものとする。ただし,財産目録の各頁に署名押印することを要する
法務局HP抜粋
② 公正証書遺言 民法第969条
公正証書遺言は、遺言者が公証人に伝えた遺言内容を、公証人が公正証書として作成する遺言です。公証人が関与するため、証拠力が高く、また、原本が公証役場に保管されるため、もっとも確実な遺言方法といえます。
③ 秘密証書遺言 民法第970条
秘密証書遺言は、公証役場で行うため、遺言の存在を確保しながら、遺言の中身については秘密にできる遺言です。まず、遺言書を作成し、封印、証人二人とともに公証人の面前で、自分の遺言書である旨等を申述します。文字通り、遺言の秘密を保てますが、中身については公証人が関与しないため、争いになる可能性があります。
また、自筆証書遺言同様、家庭裁判所の検印が必要となります。
特別方式の遺言
特別方式の遺言は、急病や遭難した場合など、特別な状況での遺言ですので、ここでは触れません。
(4) 遺言の訂正・撤回
① 遺言の変更・撤回
遺言はいつでも撤回できます。遺言全部でも一部でも可能です。一度書いたからと言って、本人がその内容に拘束されることは有りません。
② 遺言の訂正
自筆証書遺言の訂正については、(3)の①の⒊を参考にしてください。
(5) 遺贈
① 遺贈とは
遺贈とは、簡単に言えば、遺言で行う贈与です。遺言によって財産を無償で与えることで、贈与する相手は、相続人に限られず、全くの他人でも法人でも可能です。また、遺贈は、後述するように死因贈与と異なり、遺言者の一方的な意思表示で行う単独行為です。以下の2種類があります。
⒈ 包括遺贈
包括遺贈とは、積極財産・消極財産の全てを含む、相続財産の全部又は一定の割合(例 全遺産の3分の1の割合等)を遺贈することです。包括という言葉が示すように、相続人でなくても包括遺贈を受けたもの(包括受遺者)は、相続人と同一の権利義務を有する(民法990条)と規定されております。
⒉ 特定遺贈
特定遺贈とは、文字通り、特定の積極財産(○の土地とか×の家など)を与えることです。財産が特定できれば、不特定物の一定数(株式の内、△□工業の株式千株、○×銀行の口座の預金全て等)でも可能です。
② 遺贈の承認又は放棄
遺贈は、上述のように、遺言者の一方的な意思表示で行う単独行為です。そのため、受贈者が遺贈を強制されることがないように、民法第986条第1項では、「受遺者は、遺言者の死亡後、いつでも、遺贈の放棄をすることができる」規定しております。
ただし、包括遺贈者は、①の⒈のとおり、相続人と同一の権利義務を有しますので、原則として、相続人の相続の承認・放棄の規定が適用されます。
③ 遺贈と死因贈与
⒈ 死因贈与
死因贈与とは、死に因る贈与であり、贈与者の死により効力を有する贈与であります。死因贈与は、贈与ですから、普通の贈与と異なることはなく、贈与者と受贈者の意思の合致により成立する契約です。
⒉ 遺贈と死因贈与
遺贈と死因贈与の異なる点として以下のことが挙げられます。
・遺贈は、遺言者の単独行為であるが、死因贈与は、必ず贈与者と受贈者が契約によって行う。
・遺贈は、遺言の形式に従わないと無効になる可能性がある。
・遺贈は、受贈者に最後まで秘密にできる。
・遺贈は、単独行為であるため、受遺者は、遺贈を拒否することができるが、死因贈与は、原則拒否できない。
(6)遺言執行者
・ 遺言執行者について検討してみる
① 遺言執行者
遺言執行者とは、文字通り、遺言(の内容)を執り行う(実行する)人です。例えば、不動産の場合では名義書換(移転登記)を行い、預貯金の場合では名義書換や解約手続きなどを行うなど、遺言の内容を実現するために必要なすべての手続きを行う権利義務のある人のことを言います。
参考 民法第1012条1項 遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
② 遺言執行者の資格
特別な資格は必要としません。以下の欠格者以外、誰でも法人でも遺言執行者に就任できます。
遺言執行者の欠格者
・未成年者
・破産者
なお、未成年者も破産者も相続が発生した時点であり、遺言書を作成した当時ではありません。
③ 遺言執行者を決める方法
遺言執行者を決める方法としては、遺言で行う方法と相続発生後家庭裁判所の選任による方法があります。
⒈ 遺言書で遺言執行者を指定する
(例 遺言執行者を妻○○とする。)
⒉ 遺言書で第三者に遺言執行者を指定するように記す
(例 遺言執行者は、妻○○の指定する者とする。)
⒊ 家庭裁判所による遺言執行者選任
利害関係人(相続人、受贈者など)の申立てにより、裁判所が遺言執行者を選任します。
④ 遺言執行者が必要な遺言の内容
遺言で「子の認知」や「相続人の廃除・廃除の取消」を行う場合には、遺言者の死後に、認知の届出や家庭裁判所に審判の申出を行う必要があるので、遺言執行を選任しておいた方が良いでしょう。
2 相続人と法定相続分
・自身の(推定)相続人と法定相続分について確認してみる。
(1) 相続人の種類
相続人は、「血族相続人」と「配偶者たる相続人」の2種類です。
「血族相続人」 …子(直系卑属)、親(直系尊属)又は兄弟姉妹のことです。
「配偶者たる相続人」…夫又は妻のことで、常に相続人になります。
「血族相続人」には優先順位があり、次の順に相続人になります。
子がいれば、親兄弟は相続人にはなりません。
1 子(子亡き後は孫「代襲相続」)
2 親(両親亡き後 曾祖父母(父または母が存命ならば総祖父母はなりません))
3 兄弟姉妹(甥姪のみ代襲相続)
(2) 法定相続分
配偶者たる相続人 | 法定相続分 | 血族相続人 | 法定相続分 |
---|---|---|---|
1 妻又は夫 | 2分の1 | 1 子(孫・ひ孫…) | 2分の1 |
1 同上 | 3分の2 | 2 親(祖父母…) | 3分の1 |
1 同上 | 4分の3 | 3 兄弟姉妹(甥姪) | 4分の1 *1 |
*1 2人以上の兄弟姉妹がいる場合に、半血(異父・異母兄弟姉妹)の相続分は、全血の兄弟姉妹の2分の1となります。半血の兄弟姉妹だけの場合には、変化はありません。
・自身の財産及び内容を確認してみる。
財産目録等の作成をお勧めします。
誰にどの財産を相続させるのか、何を遺贈したいのか、考える前に、自身の財産を整理することをお勧めします。
3 遺留分
・遺留分について確認してみる。
遺留分(いりゅうぶん)とは、被相続人の兄弟姉妹以外の相続人に対して留保された相続財産の割合をいうとあります。簡単に言えば、兄弟姉妹以外の相続人、配偶者と子やその代襲相続人である孫又は親などの直系尊属には、遺言によっても奪われない最低限の相続財産権があるということです。
遺留分を確認しないと思わぬ争いを生じる可能性もありますので、確認なさってください。
① 遺留分権利者
相続人たる配偶者と子(代襲相続を含む直系卑属)又は親(両親がいなければ祖父母)
② 遺留分の割合
妻又は夫 | 子(直系卑属) | 親(直系尊属) | 兄弟姉妹 |
---|---|---|---|
法定相続分の2分の1 | 同 2分の1 | 同 3分の1 | なし |
1. 直系尊属のみが相続人の場合は被相続人の財産の1/3(民法第1028条1号)。
2. それ以外の場合は全体で被相続人の財産の1/2(同第1028条2号)。
4 特別受益
相続人の中で、誰かが被相続人から多額の贈与を受け、または遺贈を受け、一方で、何も受けていない相続人がいる場合には、相続人間に不平等が生じる可能性があります。その不平等を解消するために、民法第903条では、特別受益者の相続分を定めております。
(1)特別受益
① 特別受益とは
特別受益とは、被相続人が、特定の相続人に与えた生前贈与や遺贈のことを意味します。
② 特別受益の持戻しの対象となる財産
⒈ 遺贈
⒉ 特別受益にあたる贈与
民法第903条第1項によれば、
1 婚姻
2 養子縁組
3 生計の資本
としての贈与とあります。民法上は、範囲が限定されております。
しかしながら、実際は、ある程度の範囲は、特別受益に入ると解されております。
③ 特別受益の評価
特別受益の財産の価値の評価として以下の3点が考えられますが、
⒈ 贈与の時の価値
⒉ 相続開始時の価値
⒊ 遺産分割時の価値
通説、判例では、2の相続開始時を基準として算定されることが多いようです。
(2)特別受益者
特別受益者とは、原則として、特別受益を受けた相続人のことです。その他相続人以外でも包括遺贈を受けたものも該当します。
(3)特別受益者の相続分
特別受益者の相続分は、特別受益の額を相続財産に加えて(合計をみなし相続財産と言います。)、法定相続分の割合を掛け、その法定相続分から、特別受益の額を控除します。
(相続財産+特別受益)×法定相続分の割合-特別受益=特別受益者の相続分
例 相続財産 金3000万円 特別受益 金2000万円 子A(特別受益者) 子B
相続財産+特別受益=みなし相続財産
3000万+2000万 =5000万円
Aの相続分 (3000万+2000万)×1/2-2000万=500万円
Bの相続分 (3000万+2000万)×1/2=2500万円
(4)特別受益の持戻しの免除
① 持戻しの免除
民法第903条第3項によれば、「被相続人が前2項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。」とあります。なお、民法第903条第4項が新設されましたので、参考までに記します。
民法第903条第4項 「婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第1項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。」
② 持戻し免除の意思表示
被相続人の持ち戻し免除の意思表示は、明示は勿論のこと、黙示でも良いと考えられております。ただし、黙示の場合には、何が黙示の意思表示にあたるかは、事例によって異なると思われます。
個別案件、詳細については、専門家にご相談ください。
5 寄与分
相続人の中で、被相続人の財産形成に特別の寄与をした者がおり、その相続人が、他の共同相続人と同じ割合で相続財産を取得したとなると相続人間に不公平が生じます。その不公平を是正する制度が、寄与分であり、特別の寄与をした相続人の行為を金銭的価値に評価して、その評価分を相続財産から控除して、与えることとしました。
(1)寄与分の範囲
① 寄与分の範囲
民法904条の2第1項によれば、
・ 被相続人の事業に関する労務の提供
・ 財産上の給付
・ 被相続人の療養看護
・ その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加
とあげられております。
実務上、上記に限られるわけではありませんが、「特別の寄与」であることが大事です。
② 特別の寄与
「特別の寄与」とは、被相続人との身分関係(夫婦、親子など親族関係)からみて、通常期待されるような程度を超えた無償性を帯びた寄与であると考えられています。つまり親族間の扶養義務や夫婦間の協力義務の範疇では、特別の寄与とは言えません。寄与行為に対して対価を受けておらず、かつ財産の維持又は増加に貢献した行為でないと特別の寄与とはみなされないことになります。
病院や介護施設の送迎・付添いをした、炊事洗濯をした、同居して看病をしたなど精神的な寄与に留まり、財産的な寄与がなければ、特別の寄与と言えない可能性が高いでしょう。また、事業に従事しても労働の対価、報酬を受けていれば、同じく特別の寄与と言えません。
ただし、後述(2)のとおり、相続人の協議で評価を決めるため、相続人全員が、寄与と認めることには何の問題はありません。上記は、あくまでも相続人間でまとまらず、家裁の審判による場合に言えることです。
(2)寄与分の評価方法
同じく民法904条の2第1項によれば、
「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から共同相続人の協議で定めた」とあり、
同条第2項をまとめると、
その協議が整わない、協議ができない場合には、家庭裁判所の審判によることになります。
寄与分の評価方法
1 相続人の協議
2 協議が整わない場合には、家庭裁判所の審判
で決定することになります。
(3)寄与分の計算方法
寄与者の相続分は、寄与分の額を相続財産から控除して(合計をみなし相続財産と言います)、法定相続分の割合を掛け、その法定相続分から、寄与分の額を加増します。
(相続財産-寄与分)×法定相続分の割合+寄与分=寄与者の相続分
その他の相続人は、(相続財産-寄与分)×法定相続分の割合です。
例 相続財産 金3000万円 寄与 金1000万円 子A(寄与者) 子B
相続財産-寄与分=みなし相続財産
3000万-1000万 =2000万円
Aの相続分 (3000万-1000万)×1/2+1000万=2000万円
Bの相続分 (3000万-1000万)×1/2=1000万円
民法904条の2第3項は、「寄与分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることができない。」と規定しております。